知るということ

| コメント(0) | トラックバック(0)

先週と同じく、また近所のモスで昼をとっていたら、
隣の席に、中年のおじさんと若い青年が座った。
おじさんは青年に
「好きなものを買ってきなさい」
と、千円を渡す。
するとその青年は、
「いいんですか。ありがとうございます」
と恐縮している様子。
上司と部下かなぁ、と思ってみると、
“ASA”のロゴの入ったカバンを持っていたので、
ああ、新聞屋か、と察した。

何やら書類を取り出し、2人でそれをみて話し出す。

おじさん「どうだった?」
青年「だめですねー。2件でした」
おじさん「そうか… ここは?」
青年「あー、そこは引っ越されるということで」
おじさん「そうか… こっちは?」
青年「あー、今なんか忙しいということだったので」
おじさん「そうか… ここは…」
青年「あー、留守でした。大体留守ですねーこのへんは」
おじさん「そうか…」

そして沈み込む2人。

新聞屋も、その身になってみると、結構大変そうですね。
という私は、いつもインターホン越しで、
戸口にも出ないようにしているわけですが…(笑)

だって、とっても読まないんだもん。

帰りしな、古い橋に刻まれた文字が目にとまる。
“昭和四十年三月”とあった。
きっとこの橋のできた年なんだろうなぁ…。
その文字を見てそう理解できるということについて、
またいろいろ考えてみる。
文字を理解するというのは、
その文字に一定の意味が割り当てられていて、
そのパターンを私は知っているから理解できる。
多分、日本人なら誰でも。
他の国の人でも、母国語については理解できる。

その意味とは?

なぜ物事には“意味”があるんでしょうね。
そして、なぜそれを理解しようとするのか…。
人がものを知るということ自体に意味はあるのか?
そもそも、知ってどうする?
事情がわかれば、生きていきやすくなるのかしら。
いや、人の知の殆どは、多分好奇心でしかない。
実は、その好奇心を満たすということは、
人が生きる上で欠かせないものなのかもしれないですね。

などと、物思いに耽る春の昼下がり。

トラックバック(0)

トラックバックURL: http://sphere42.mlexp.com/mt5/mt-tb.cgi/2021

コメントする

2018年2月

        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28      

アーカイブ

Powered by Movable Type 5.2.10
MLEXP.サイト内を検索
Loading
なるほどショッピングVol5番組への直リンク