2008年6月アーカイブ

アナゴさんって20代なんですってね。
ショック。

今日の帰りの電車は結構空いておりました。
これなら妄想できる余裕もあるってもんです。
(あっちの妄想じゃないよ。あっちってどっちだ。)

電車が揺れると、つり革も揺れる。
人も揺れる。人が持っているバッグなんかも揺れる。
みんな同じ方向に揺れる。

まぁ、当たり前です。

でも、人は揺れようと思って揺れてるわけじゃない。
つり革もそんな意思を持っているわけない。
乗ってる電車が揺れるから、みんな同じように揺れてると。

あーこれって、
もしかして世の中全体にも同じことがいえるんじゃないかなー
なんて思ってしまったのが今回の妄想の始まり。


もともと1つだった素粒子(量子)が分裂して2つになったとき、
その2つの素粒子はお互いに無関係になってしまうのでなく、
その後もずっと関係を保ち続けるという現象があります。

それを量子のエンタングルメント(絡み合い)というんだけど、
端的にいうと、素粒子はスピンという回転要素を持っていて、
2つに分かれた粒子は、お互いにスピンが必ず逆になる。

つまり、片方が右回りだったら、
もう片方は必ず左回りになってると。

生き別れの2者が逆の性格になること自体は
ふうん程度なんだろうと思うけど、
これがどんなに離れていても常に必ず逆、
というところがミソなんすね。

素粒子AとBが生き別れの2者だとするなら、
Aが右に回ってるときは、Bは必ず左に回っている、
言い方を変えれば、
Aが右に回っていることを知ったとき、
同時にBが左に回っていることも知ることになる、
ということ。

これは量子コンピュータの原理にもなるんですけどね。

でね。

そんな性質を持つ素粒子って、
あらゆる物質、物体を構成している粒々じゃないですか。
星だって、生物だってその素粒子でできている。
当然、人間もそうです。

その素粒子が、
元々1つの素粒子であったところから分かれたものなら、
それは片割れの状態と逆の状態を取り続けている、
ということに。

「秋篠宮眞子内親王」が一発変換できたあなたは、
Windows MSIMEですね。


日本が新型クラスター爆弾を導入する方向らしい、
というニュースを見て、今ぼーっと思ったことを以下に。


クラスター爆弾というのは、
空中で分解して子爆弾を周囲に撒き散らすという凶悪な兵器。
投下時の爆発による被害もさることながら、
バラ撒かれた爆弾が広範囲に不発弾として残りやすく、
戦後もその地域での被害が続くというのも悪質なところ。

で、新型クラスター爆弾というのは、
子爆弾が自爆機能を備えていることから、
不発弾として残るという問題を解消しているらしい。


でも、爆弾は爆弾よね。


人は、やたら人殺しの兵器をつくりたがる。
それが自らを殺す兵器にもなり得るとわかっていながら。
そして戦争ばっかりやってる。
もう戦争してなきゃ人間じゃないといっていいくらい。

例えば、

人は核を知った瞬間、近い将来の滅亡は約束された

という考え方があるんだけど、それを認識しつつも
やはり核(特に兵器としての核)を手放せない。

藤子F作品の「征地球論」の中に、
地球人は、何も手を下さずとも遠からず自滅するはず、
そうなれば労なく地球を手に入れられるだろう、
というくだりがあるんだけど、全くその通り。

今この瞬間、空から核が降ってきて
全部消し飛んでも何の不思議もない状態にあるんだ
ということに、もう少し危機感を感じられないものか。

実は、これも自然の摂理か。

人間も地球上に誕生した生物の一種であり、
その人間の活動も自然の営みであると考えるなら、
今のこの状況もなるべくしてなったということ。

そしてその生物種が、
もうそれ以上どうにも動けなくなってしまったとき、
その生物は滅ぶしかない。
いわば、進化の頂点が進化の袋小路。

知性を得た者が持つ向上心、好奇心こそが、
同時に文明の繁栄に歯止めをかけている、
或いは滅びのトリガーを引いているのかもしれない。

行き過ぎると滅ぶ。

とすると、進化は同時に退化だね。

昔、生物が海中のプランクトン程度であった頃は、
それから将来に様々な形に進化できる可能性を持っている。
しかし、人間という形に固定してしまったら、
もうそこから如何様にも変わりようがない。


考えようによっては、
プランクトンの方が高度な生命体といえるのかも。


ちなみに、好戦的な人たちというのは大抵信心深い。
勝手に何らかの神様を信じていて、
その神様の意思とやらで正義のケンカを始める。

そういう場合の神ってのは、
単に暴走した人たちの集合意識なんだけど。

ただ、そうなることも自然の摂理であるなら、
そのうち人が終末戦争なんかをやらかすのも神の意思、
というのは、あながち間違いじゃない。

人を滅亡に追い込む最後の使徒は、
結局人自身ということだね。


とりあえず、軍事費。

その金、もっと他に回すことを考えてください。
人殺ししなくて済むしお金は浮くしで、一石二鳥じゃん。

ていうか、近々滅亡するなら
その前に私が残り人生をエンジョイできるお金がいるんだよッ。
新型クラスター爆弾とか買ってないで、税金安くしろyp!

(結局そこかい)

本日は国民健康保険料額の決定通知書が来ておりました。
開いてみて、また○凹む。

もう笑けてきた。

いや、泣きそうかも。

泣いていいですか。

あー、ドリームジャンボも全部ハズれたしー。

ええことなしだ。


てかねぇ、市民が(不当に高い)税金に閉口しているのは、
その高額さゆえというのも当然あるのだけど、
その用途がいまいちはっきりしてないから、
というのもあると思うんだよね。

何に使うかはわからないけど、
まぁいろいろしてやっから、とりあえず金出しとけや、
という国や地方自治体の態度が実にイタダケナイわけです。


ということで、
不要そうな国家機関を民営化してみないか。


民営化された省庁の行政サービスは全て商品化し、
そこにかかる税金は全て廃止します。
つまり、行政サービスは税金で運営するのでなく、
利用料として徴収することで運営していくということ。

そうなれば、国民(消費者)は
必要なサービスだけを必要な料金を支払って利用する、
という市場型の形式になり、
これにより自ずと不要なサービスは廃れて、
本当に必要なサービスだけが残ってくるでしょう、と。


そんなわけで、
各省庁を解体、民営化、廃止してみるテスト。

地球には、地球外からやってきた異星人が存在する。
しかし、彼らは、普段地球人と全く変わらない風貌で、
地球人の社会の中で普通に生活しているのだ。

ほんの昨日そこへやってきた異星人でも、
その周囲の地球人の視覚や記憶を操作することで、
昔からその土地の住人であったかのように認識されている。

そうした手筈は全く周到で抜け目がないので、
その存在が異星人であるか地球人であるか
見分ける術が全くないように思われる。

しかし、私はその見分ける手段を
つい今朝ほど、まさに発見したのだ。

どこで見分ければ良いかというと、
それは、人が歩く際の腕の振り方である。

地球人は歩く際、
その手に何も持っていない状態であれば、
自然に腕を前後に振っている。

これは、その人が「腕を振ろう」と思って
意図的にやっているのではなく、
全く無意識に行われている動作である。

むしろ、腕を振らないことの方が
意図的、作為的な行為となる。

この、徒歩時に腕を振る、という行為は、
2足歩行する際の前後左右の重量バランスを取る為だ、
という説もあるが、
特に腕を振らずとも2足歩行は全く難しくない。

これはむしろ、
人間がもともと4足歩行していた動物から進化してきた、
というそのルーツに求めることができる。

4足歩行する動物は、当然その前足でも体を支える。
その状態で歩行すると、その前足は
後ろ足と互い違いに前後運動することになる。

これが2足歩行となった人間も、
4足歩行時代の前足の運動が名残として残っているのである。

何が要点かといえば、
歩くときに腕を前後に振るという行為は、
地球上で進化してきた人間という生物に
自然に発現している行為である、ということ。

つまり、地球外で進化した生物は、
その姿格好を地球人に似せることができても、
その腕の振り方までは似せられていないのだ。

手がフリーであるにも関わらず、
不自然に腕を振らないで歩いている人がいたら、
それは地球人ではない可能性が高い。

また、最近はその地球人の行為に気づいて、
意図的に腕を振る異星人もいる。

しかし、彼らの腕の振り方はかなり不自然である。

妙に機械的であったり、必要以上に大振りであったり、
その運動を意識しすぎるあまり、前後運動に加えて
左右へまで広がる運動に至ることもある。

周囲を歩く人に当たるのではないか
と思えるほどブンブンと大きく腕を振って歩く人。
そんな人がいたら、間違いない。そいつは異星人だ。

てか、当たったんだよッ!

駅の階段で、左前方を歩いてる人の腕が、
つーか手の甲が、私の鼻っ面にクリティカルヒット。
(鼻血まではいかなかったけど)

しかもその人、いや異星人、
全然気づいてないのか、気づいたけど恥ずかしかったのか、
いや、きっと異星人だとバレるのを恐れたんだろう、
そのままゴメンナサイもなしに行っちまいやがんの。

暑いしタダでさえテンション低いのに、
朝から裏拳食らわされて凹みまくりっすよ。


絶対異星人だよアンチキショウッ!

(すみません、これが言いたかっただけです。)


皆さん、元気に腕を振るのは良いんですが、
少しは周囲にも注意しましょうね。


実は、ホントに異星人だったりして…。

いつの間にか梅雨らしい。

さて、大阪府知事の橋下徹氏。
彼の話題を出すのも今さらな感じもあるけど。

橋下知事 批判に「職変えて」
Yahoo!トピックス

ぶっちゃけると、
私は彼のこと、あまり好きではありませんでした。

タレント弁護士とかいって
何かチャラチャラしててカッコつけて正義漢ぶって、
大阪府知事選についても、
最初は絶対出ないとか宣言しておきながら、
やしきたかじんに推されたとかワケのわからんこといって
結局出馬して当選とかアリエネーみたいな。
(酷いな)

でもね。
箱を開けてみれば、彼の政治はどうですか。

私の日記をずっと読んでる人ならわかるかと思うけど、
彼の政策は、私の中ではかなりイイ線なのです。
(あくまで私の個人主観で、ね。)

議員報酬削減、公務員の人件費削減、
あと無駄な公共事業をどんどん切り捨てていく
あの暴君っぷりですよ。

いや、素晴らしい。

今時分、予算が足りなくなってくると
すぐ増税を叫び出す政治家が大勢ですよね。

そんな局面でも、自分たちの身は一切削ろうとしないで、
市民にばかり負担を強いようとする政治家が
果たして政治家足りうるかって話ですよ。

その前に節約できる金がいっぱいあるでしょうが。

いつだったか、府が市町村への補助金を凍結しようとしたとき、
市町村長の誰かが、
「そんなことしたら施設の壁は剥がれ落ち道路は穴だらけだ」
とかいってたんだけど、それは、
アナタ方の報酬や優遇には全く手をつけない
という前提でモノをいってるんでしょ、と思ったね。

市長なら、1期分の退職金を我慢するだけで
年間500万円の予算が捻出できるのですよ?
(市長の退職金は平均2000万円、任期4年ということから。)

地方が財政難なのは、生産人口の減少もあるけど、
それに行政がうまく対応してないからでもあるでしょう。
世の中の状況はこの短期間で激変しているというのに、
旧態依然の行政をいつまでも続けてきたツケですよ。

国や都道府県から予算が出るからといって、
いらん道路つくったり、誰も使わない立派な施設つくったり、
穴掘ってみたり、山を切り崩してみたり。

そのせいで、今民間には過大な負担が強いられているというのに、
当の議員や公務員(の上層部)の優遇がそのままってのは、
どう考えてもおかしな話。


とにかく、今私の中で、政治家としての橋下氏は
かなりヒットしてるってことです。

やってることは無茶苦茶かもしれませんがね。

無茶苦茶で結構。

むしろ今までの常識が腐ってる。
腐ってるがゆえに今の体たらくがあるんだから、
根本からひっくり返してヨシです。

大阪や地方だけでなく、
国政の方もああいう人材が欲しいよ。

一時期は小泉さんがやってくれると思ったんだけど、
彼が壊せたのは、結局自民党内部だけだったし。

やっぱり、政治家に政治やらせちゃいかん。

彼らに税金を預けるのは、
キツネにニワトリ小屋の番をさせるようなもので、
どんどんニワトリが減っていく。

キツネというよりタヌキか。

キミらが食ってるからニワトリが減ってるってことに
そろそろ気づいてくれ。

IT技術者を個人事業主としてやっていく場合、従来のように案件の受注や契約などの営業業務から実際の開発業務までを全て1人でこなす形態もあるが、ここ数年で、営業や契約などは別のエージェント会社に委任して、事業主自身は開発業務のみに従事するという形態も一般化してきている。以下、その前者を完全独立型、後者をエージェント型と呼ぶことにする。

エージェント型の個人事業主は、もともとIT系企業や製造系の企業内で開発をやっていた元社員というケースが多い。それは、ずっと社内での開発に従事していた為、営業の経験がほとんどなかったり、業界のネットワークがなかったりするからだ。この場合、そのまま完全独立型の個人事業主となっても、おそらく受注できる案件はSOHOで出来る程度の小さなものばかりで、報酬額もそれなりである。金額ではなく自由を求めて独立する人であればそれでもOKだろうが、サラリーマンよりも稼ぎたいと考えて独立する人は、まずはエージェント型を選択することになる。


それぞれの利点と欠点

完全独立型とエージェント型の違いは、上記の通り、案件の受注を個人事業主自身が行うか他者に任せるか、である。他者に任せる場合は、当然その手数料がかかることになる。手数料の額はエージェントによって設定が異なるが、相場としては報酬額のおよそ5~10%程度となっているようだ。これを高いと考えるか安いと考えるかは人それぞれだが、それだけのサービス料を払って事業の手伝いをしてもらう、と考えれば、そう高い額ではないのかもしれない。

完全独立型の最大の利点は、エージェントを使わないのだから、当然顧客から受ける報酬は100%手元に入る、ということだ。仮に、月額50万円の案件を受けたとする。あるエージェントを使うと、その10%の5万円が手数料として差し引かれ、実際に事業主に支払われる額は45万円となるが、完全独立型の場合は、50万円まるごと事業主に支払われる。逆に欠点は、案件探しから営業、その受注までの作業も事業主がおこなわなければならないということ。本来、個人経営とはそういうものだが、エージェントを利用すれば、手数料と引き換えにその手間が省ける、という差があるということだ。

エージェント型の利点、欠点は、完全独立型のそれの裏返しということになる。営業、契約などの業務を自分で行う必要がないのが最大の利点であり、その分手数料がかかるということが欠点となる。


コンプライアンス上の問題

近年、個人事業主の派遣労働という形態の違法性が叫ばれるようになり、エージェント型を選択する際に、その顧客とエージェント、そして個人事業主との間の契約形態に注意する必要が出てきている。

端的にいえば、その人員が個人事業主か労働者かの違いで、適用されるルールが異なってくる、ということ。労働者であれば、雇用者がその人員に対して基準以上の労働を強いないように労働基準法などの法令により保護される。これが個人事業主である場合、事業主の意思でその業務に従事していることになるので、何ら保護を受けない。

このことにより、個人事業主は、実際は労働者として派遣されているのに、法令では何の取締りもない為、不当な賃金で過剰な労働を強いられる可能性がある、ということになる。実際、そのような現場も幾多とあるようだ。

最近になって厚生労働省や各労働局がこの問題の解消に取り組みはじめている。今後は、ソフトウェア開発会社、或いは派遣業者に積極的にチェックを入れていくとしており、もしそこで労働者派遣事業法に抵触していると判断された場合、是正勧告ばかりでなく、悪質な場合は「1件当り1年以下の懲役または100万円以下の罰金」が課せられることになる。


個人事業主は救われるのか

労働局の取り組みは、本来は個人事業主を救済するためのことであるが、個人事業主にとって必ずしも良い動きではないとされている。というのも、上記のようなチェックが厳しくなると、ソフト会社や派遣業者は、個人事業主として登記している人を派遣労働者として利用しないような流れになるのでは、という懸念があるからだ。

実際のところ、エージェント型の個人事業主のほとんどは、顧客と業務請負(委託)の契約をするものの、実態は労働者派遣と変わらない作業形態であったりする。これが、いわゆる「偽装請負」と呼ばれる形であるが、これが禁止されると、現在その形態で業務についている個人事業主のほとんどは路頭に迷うことになってしまう。

ところで、当の個人事業主がその偽装請負を不当に感じているかといえば、必ずしもそうではない。というより、エージェント型を採る以上は、偽装請負のような形も普通だと認識されているケースがほとんどである。特にサラリーマンから独立してエージェント型の個人事業主となっている人は、法令による保護を受ける受けないという意識はほとんどなく、月収、年収が大幅にアップすることを重視しているのではないだろうか。同じ仕事内容でも、サラリーマンで給与として受ける金額よりも、個人事業主で報酬として受ける金額の方が圧倒的に多いのだ。


自分は偽装請負か

今の仕事が偽装請負かどうか心配なところだろう。

まず、契約が派遣契約か請負(委託)契約であるかだが、個人事業主が自らを労働者として他所へ派遣することは法律上できないので、契約上は業務請負、或いは業務委託などとなっているはずだ。

その場合に、個人事業主としての業務であることの条件として、開業届けを出していること、確定申告をしていることなど事務手続き的な条件もいくつかあるが、個人事業主としてやっている自覚がある以上は当然それらはクリアしているだろう。

問題は業務形態。まず、勤務状況や指揮命令系統(つまり、勤務時間や具体的な作業指示など)が現場管理になっている場合は即アウトである。というのも、業務請負である以上は納品物の完成責任のみが発生するのであって、その作業を具体的にどう行うかは事業主自身が決めるべきことだからだ。現場に勤務表を提出したり、日々作業の指示を受けていたりといった場合、それは労働者と同等ということになる。そして、実際のところ、エージェント型の業務形態はこのパターンである場合がほとんどなのである。


打開策はあるか

これを合法的にする場合、いくつかの選択肢がある。

ひとつは、もしエージェント会社が労働者派遣の免許を持っている場合、そのエージェント会社に入社し派遣労働者となる方法。これならば、個人事業主という枠は無関係になるので極めて合法的だ。しかし、こうすると、所得は給与ということになり、所得税や各種保険は源泉徴収という形になり、毎月決められた額を天引きされる。この場合、個人事業主の報酬に比べると月収は確実に下がることになる。何より、これはフリーランスからサラリーマン生活に身を転じるということになり、ほとんどの人にとって不本意な選択肢だろうと思われる。

2つめは、業務形態を本来の請負の形に改善すること。これがベストな選択肢であるが、顧客(現場)側としては、もともと派遣労働者の位置づけで雇用している人員を、ある日から突然請負扱いでヨロシク、ということは現実問題として難しいだろう。ただ、(業務の内容にもよるが)柔軟で寛大な顧客であればそれも可能かもしれないので、一度願い出てみるのも良いかもしれない。


今後のIT個人事業主

偽装請負の問題は、エージェントとなる会社が、個人事業主の報酬から中間マージン(手数料)だけをとって、実態は労働者として派遣されているのに、形式的には個人事業主であるため、業務に関する一切の責任もその個人(事業主)に負わされる、ということだ。つまり、エージェント会社は雇用責任を負うことなく手数料だけを取ることができ、個人事業主は一方的に様々な負荷と不利益を被っている、ということになる。

ただ、上記のような事情を理解した上で、それでも構わない、という個人事業主も実情として多い。要は、エージェントに仕事を紹介してもらって、その仕事現場に出向いて、日々の作業をして、お金を貰う、ということ。この主体が法人でなく、個人になっているだけ。これはこういう事業ということで良いのではないか、ということだろう。もちろん、個人事業主本人が、法令による労働者としての保護対象とならない、また、業務上の問題が発生した場合、個人というのは非常に立場が弱いということも、そのような形態で事業を続ける以上は十分理解する必要はある。

このあたりは、近年の個人事業主の新しい働き方に対する法整備が期待されるところである。

<秋葉原通り魔>逮捕の男、「誰でもよかった」無差別に襲う
Yahoo!トピックス

こんな人もそのうち沸くんじゃないかなぁ、
とは思ってたけど。

私はあなたを殺しません。
だから、あなたも私を殺さないでね。

そのへんが社会の最低限のルールなんだけど、
ここが破られたら恐ろしいことになる。

こういう犯罪者の怖いところは、
その動機や考え方が全く理解できないことです。
というか、話が通じなさそう。

まず、自分が死んでもいいと思ってる人には
上記のルールが通用しないし。
誰でも良かったとか、ムシャクシャしたからとか、
そんなの理由になってないし。

どうもそんな人が多くなってきてる。

死刑になりたいとかいって人を刺す人にしろ、
マンションの隣人を殺してトイレに流す人にしろ、
今回の暴れん坊にしろ、
彼らに普通の常識が、てか、言葉が通じるかどうかすら
あやしい気がする。

さらに恐ろしいのは、
そういう人も普段は普通の人と何ら変わらないってこと。
危険人物かどうかコトを起こすまで見分ける術がない。


とりあえず、無力に刺されるのはくやしいね。
こちらも戦闘力上げるしか。

例の件で医者に診てもらったら
「お腹はってるのかもしれないねー」とかいわれて、
整腸剤を処方されてしまった。

いやー何か違う気がするんだけど。


自分の人生に納得いってない人、
結構多いよね。

それって何でかなぁ、と考えたとき
理由は実に簡単で
自分のやりたいことをやれてないから、なのよね。

それがわかっていても
やりたいことばかりやって生きていくことは難しく、
どうしても“やりたくないこと”もやりながら
何とかして生き延びていくしかない。

ただ、やりたいことが自分にはできない
と最初から諦めてしまう人は多分少なくて、
まずはやってみようとするとは思うんです。

その努力の大小は違うけどね。

例えば子供の頃、
あるヒーロー映画に感動して、
ようし、オレは役者になってあんな映画に出てやるZE!
なんて思ったとすると、
役者になるにはどうすれば良いか
ということを探ってみるよね。

どんな勉強をすれば良いか。
どんな資質が必要か。
どんな条件を満たせば良いか。

それらを総合して、
目標が自らの才能と努力の射程距離内にあるだろうか
ということを見積もる。

で、それがかなり非現実的か、
それをやるには大きなリスクを伴うか、
実現するには計り知れない努力が必要そうだ
ということになったとき、ある人は諦めるだろうし、
いやオレにはできる!と思える人なら突き進む。

本人が諦めるならそれまでだけど、
それでもその夢を叶えてやるぞ、となった場合、
そのときの周囲の反応ってのは結構でかい。

そりゃお前にはムリだ、と諦めさせようとするか、
よし、お前がやりたいならやってみろ、と応援するか。

子供の頃は誰でも大きな夢を持っていると思うんだけど、
その時期の進路の選択については、
友人や学校の先生の言葉というのもある程度影響はあるけど、
中でも親の理解というのは、かなり比重が大きいよね。

親が反対派だと、ダメなのかぁと諦めの道を選択しやすく、
親が応援派だと、本人は比較的迷いも少なく突き進める。

以前からその問題が指摘されている自殺者の急増。これだけ現象が顕在化しているにもかかわらず、そのはっきりとした原因がわからず、それに対する有効な対策が何ら打つことができていない現代社会。これは一種の社会現象であり、必然だったという声も聞かれるが、それにしてもなぜ生命の最終ラインである自らの死を選択する者がこんなに増えることになったのか。

増え続ける自殺者

厚生労働省の調査によると、自殺者の数は年々増え続ける傾向にある(年次推移)。特に1998年以降、全国の自殺者数は3万人を超え、この数値はゆるやかに上昇しながら最近までずっと維持されている。この数は、年間の交通事故死者数の4~5倍にあたる数値(ちなみに、2006年の交通事故による死者数は6000人強)だと聞けば、驚く人も多いのではないだろうか。


なぜ自殺するのか

指摘されている主要な自殺原因としては、社会的な人間関係、生活や環境の問題、鬱や統合失調症などの精神疾患、重い病気に耐えかねて、などがある。この傾向は年齢層によっても分かれてくるが、結局のところ、これらの問題が年々大きくなっている、増えてきているから、自殺者も年々増えてきているということになる。そして、これらの原因にもさらにその原因があり、その根本となっている原因が何なのかがはっきりしない為に、自殺問題が慢性化しているといえる。


自殺は食い止められないのか

自殺を食い止めるといった場合、2つのアプローチがあると考える。ひとつは、原因の温床となっている社会、環境の方に修正を加える方法。そしてもうひとつは、自殺(候補)者の悩みや問題を見抜いて説得する方法。

後者の場合、その対象者があからさまに自殺しそうだ、という場合は対症療法としては有効だが、本気で自殺を考えている人は、ほとんどの場合それを周囲に感じさせず自らの中に押し込めてしまっている為、なかなか見抜きにくい。仮にその時点で食い止めたとしても、自殺しようと思った理由が解消しない限りは、また自殺を選択肢に入れてしまうことも十分にあり得る。

やはり自殺の原因とされる社会、環境の問題を解決すべきなのだが、現実問題として社会を大きく変えるということは困難である。おそらく多数派優勢で動いているこの社会で、そこに溶け込むことができない少数派というのは、どうしても常人(多数派の人)以上の苦労を強いられる。それも精神的に強ければあまり問題にならないだろうが、それを逆境としか捉えられない精神的弱者は現実逃避の道を選ぼうとしてしまう。


これから自殺をお考えの方へ

もう首を括るしかない、逃げ場がない、これ以上醜態さらすよりはいっそ...などと思われている方、もう一晩寝て、明日もう一度考えてみてはどうだろうか。

もう何度も考えた、これ以外に道はない、と思われているかもしれないが、道はいくらでもある。普段やらないことをやってみるのである。普段読んだことのない本を読んでみる。新聞を読んでみる。ちょっと普段行かないところへ出かけてみる。それだけで、大きく気持ちを変化させることができる。

人間の心は複雑なようで、感情については、実は非常に単純にできている。楽しいと感じるのは、その状況、その事が自分にとって楽しいからであり、悲しいと感じるのは、それが自分にとって悲しいからだ。

当たり前なのだけど、自殺者の多くは、あえて悲しいこと、苦しいことをやろうとする傾向がある。そんな必要はないということに気づくことが重要で、気づかないのは、その苦しみや悲しみ(をもたらしている環境や状況)によって視野が狭くなっているからだ。少しそれ以外のものを見るようにするだけで、心の状態というのは変わってくるものである。

最近、税金のことばっかり書いてる気が。
でも、コレは書く!

自動車税を支払って一息ついてたら、
今度は住民税の納付通知書が届いておりました。

もうね。ありえん金額。[E:crying]

具体的な数字は書きませんが、
年額で軽自動車くらいは新車で1台買えてしまいます。

実際はこれを隔月割で支払うんだけど、
2ヶ月に1回家賃が倍になるような感じですよ。

国から地方への税源移譲があって、
住民税が大幅に上がったのは去年なんですが、
去年の住民税は、
一昨年の確定申告を元に計算されてたんですね。

私の場合、一昨年はまだ給与所得分もあったので、
いろいろ控除もあり、実際に申告した所得は
それほど多くなかったわけです。

といっても、住民税は
その前年の倍額にはなってましたけどね。

で、今年は、去年の営業所得が
まるまる年収として計算されているので、
いってみれば、初めて純粋に個人事業主として
住民税が計算されたことになります。

その額たるや、去年のさらに倍!

もうアボガド。

私に氏ねといっているのかい。

春の確定申告でも、
国税(所得税)もあんまり減税された感なかったし、
てか、むしろ増えてたし。(上記理由により)

税金高いってことは、それだけ収入があるってことだろ?
って思われるかもしれないですが、
社員時代(給与所得時代)からみれば、
住民税は実質4倍に跳ね上がってるわけです。

所得税も、従来より減税とはいえ、
社員時代よりは確実に多い。

いくらなんでも
収入が社員時代の4倍以上ってことはないです。

チクショー。

こうなったら、もういろんなもんを経費にするしか。
年収をどれだけ減らせるかが課題だ。

とはいえ、住民税というのは
所得のおよそ10%が一律でかかるようになってるので、
年収200~300万程度の低所得事業者でも、
単純計算で20~30万程度住民税として持ってかれるのよね。
(実際はいくつか控除があって若干少ないけど)


何か理不尽だなぁ。

バット持って役所に殴り込んでいくオヤジの気持ちが、
今にしてよくわかります。
(私はやらないけどネ)

こんなことってないですか。

突然、原因不明の体調不良に襲われて、
例えば腹が痛いとか、息苦しいとか、
体の各部に明らかな違和感を感じたりだとか、
「これ何か変な病気だ。絶対おかしい」と思って
医者にみてもらおうと心に決めるのだけど、
いざ病院に行く段になると、
その症状がケロリと治ってしまうってこと。

実際、念のために医者に観てもらっても、
そのほとんどの場合何も異常なし。

あの痛みは、あの違和感は一体何だったのかと。

これ、私は結構あるのよね。

もう10年くらい前に自然気胸を患ったのだけど、
おそらくそれ以来です。

あのときは、突然胸に違和感を感じて、
ほどなく息苦しくなったという経過があったのだけど、
ちょっとでも胸や腹腔に違和感を覚えると、
その記憶が脳内再生されてしまう。

実際は何ともないのに、不安が不安を煽って、
仮想的に病気になってしまうんですね。

そうして痛かったり苦しかったりしてるときって、
気のせいなんてもんじゃなく、
当人は本当に痛かったり苦しかったりする。
物理的異常はないにも関わらず、です。

私は気胸が治って退院するときに、
医者に入院時のX線写真をみせられて、
「こんなにしぼんじゃったら苦しいだけだから、
違和感あったらもっと早めに病院こようね」
なんていわれました。

気胸という病気は自然治癒した場合は再発率が高く、
実際、私は2回やってます。
1回目は入院して安静にするだけで自然治癒したんだけど、
2回目は、癖になっちゃうから治療しようということで、
胸腔鏡手術で穴を塞いでもらったんですね。

なので再発の確率はかなり下がってるはずなんだけど、
それよりも、一度治ったものが再発した、
ということ自体がトラウマのようになっている感じです。

それ以来、“架空”気胸にかかってしまうことが何度かあって、
実は、今がまさにその状態。

こんなことを書いてる今も、若干苦しい感じだったり。

こういう状態になると医者にみてもらうわけですが、
手術してからは、本当に気胸だったことはないです。

いつも異常なし。

と、わかってはいつつも、
今度は本当に穴があいたんじゃないか、とか、
気胸ではない別の病気じゃないか、とか、
いろいろ考えてしまう。

一種の恐慌障害かなぁ、これ。

体には物理的異常はないのに、
神経だけが興奮して誤報のワーニングをあげてしまう。
PDじゃないにしろ近いものがあるかもしれない。

「早めに病院こようね」という10年前の医者の忠告が
今も頭の中でこだましてます。
(そのアドバイスは医者としては正しいんですがね。)


さて、今回はどうかな。


あと、関係ない話だけど、
最近マンゴーだらけなのは何かの陰謀ですか。

現在、世界で地球外の知的生命体を探すプロジェクトが進行中である。それは「地球外知的生命体探査(Search for Extra-Terrestrial Intelligence)」、略して「SETI」と称されている。科学的な地球外生命の探査は、1960年にはじまった「オズマ計画」に端を発し、一度は米NASAによる調査も行われていた。ただ、長年に渡る調査の中で、残念ながら地球外生命の存在を確信できるような結果はいまだ得られていない。

どんな調査をしているのか

SETIプロジェクトでは様々な手法で知的生命へのアプローチが試みられているが、その中でも中心的なのが電波望遠鏡で受信した電波の中に人工的な電波が存在しないか、という調査だ。自然界(宇宙)には電波を発する現象は数多くあるが、例えば、そのような日常的に受信されている電波とは明らかに性質が異なる電波、ある規則を持っている電波、そのような条件から、対象の電波に知的生命が介在しているかどうかを予測するのである。

この電波については、現在「SETI@home」という分散コンピューティングプロジェクトでも解析が進められている。電波望遠鏡で受信したデータを小分けにしてインターネットで配布し、それを専門機関や研究者以外の一般の人たちのコンピュータでも少しずつ解析しようというわけである。これは誰でも参加できるので、興味のある方は参加してみても良いだろう。


地球外に知的生命体は存在するのか

根本的な疑問であるが、これについては「存在する可能性は否定できない」ということしかいえない。というのは、地球上に人間という生物が存在していること自体が、宇宙というのはそのような存在が許されない場所ではない、ということの証明になっているからだ。当然、地球以外の惑星にも、地球のような環境が整えば、似たような生命が発生する可能性はあるのであり、そこに何らかの知性を備えた生命体が生まれる可能性も当然あるわけである。

もし、高度な知的生命体が存在したとする場合、ではなぜ彼らは我々地球人にコンタクトしてこないのか、という疑問も当然沸いてくる。一般的な回答としては、まだ他の星へアクセスできるほどの文明を持っていないため(地球人レベルの文明でとどまっている)、であるとか、十分に文明は発達しているが地球人には何らかの理由でコンタクトしていない、であるとか、最も現実的な話として、他の星にアクセスできるほど文明が発達した知的生命は同時に自らを滅ぼし得る兵器も持っており、発達しすぎた文明は遠からず自滅するからだ、というような見解もある。このあたりの話は、SFの題材としてもよく扱われているだろう。


その前提は正しいか

科学的な知的生命の探査というのは、宇宙に自然には存在し得ない人工的な何かの痕跡を探すことがその中心となっている。光学的な観測も然り、電波も然りである。それは即ち、地球外生命も地球人(或いは地球に存在する生命)と同型の存在である、ということが暗黙に前提されている。

つまり、こういうことだ。知的生命体であれば、彼らが何かコミュニケーションをとる場合、人工的な電波を発するはずだ。何らかの人工物をその手で作り出すことができるはずだ。地球にアクセスするには、宇宙船のようなものが必要だろう。そのような存在でなければ知的生命体とはいえない。知的生命体とは何かという明確な定義はないが、大体このようなことを想定しているだろうということである。それらはそのまま、「もし地球人が他の星にコンタクトできたとしたら」という場合の想定そのままなのである。

しかし、果たしてそうだろうか。それ以外の可能性はないのだろうか。必ずしも人の形をしていないかもしれない。豆粒のような形かもしれないし、水や空気のような存在かもしれない。或いは、地球人には全く触れることができないような形態で存在しているのかもしれない。研究者の中には、そのような可能性を考えている人もいるかもしれないが、一般的な話としてそれらの可能性が語られることは稀である。というのも、仮にそのような知的存在があったとしても、地球人に形としてみえない以上は、架空のもので終わってしまうからだ。結局、地球外知的生命探査というのは、お互いに「Hello!」と挨拶できるような相手を探しているということになるのだろう。


地球外知的生命体に何を求めているのか

最初にも書いたが、宇宙の中の地球という星に、現に我々という人類が存在している以上は、地球人のような知的生命体が他の星にもいるのではないか、という期待がある。これは、学術研究的な興味も当然あるが、それ以上に、この地球以外の仲間、同士、そのような者とのコミュニケーションを持とうとしているという人としての性格そのものの現われだろう。基本的に社会的動物である人は孤独であることを好まない。自分たちの住まう地球という星が、宇宙の中のただ1点であると認識できるようになった今、その外に広がる宇宙にそのコミュニケーションの手を広げようとしているというのは、ある意味人という生物の性であると思う。

やらかした。

今朝、携帯を落としてしまったのです。

朝は駅のNEWDAYSで買い物をするのだけど、
そのときは確かにスイカ(←携帯のFeliCa)で精算した。

で、会社に着いたときも
確か携帯を握ってた気がするんだけど、
最近自分の記憶がアテにならないからなぁ。。。

昼休みになって、
携帯のメールでもチェックしようと思ったら、
ないんすよ。

朝、買い物をした後はスーツの内ポケットにさして、
会社に着いたら、それを出してデスクの脇に置いとく、
というのがいつものパターン。

 あるぇえ?

そんなに見つけにくいものじゃない。
(私の携帯はかなりデカイ)

カバンの中も、机の中も
探したけれど見つからない。。。

うふっふー♪

うふっふーじゃねーよ。


やべぇ。

2018年2月

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