匿名性とか幸福論とか

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先日、BSジャパン(テレ東)で放送された「デキビジ」という番組で
評論家(?)の勝間和代氏と、2ちゃんねる元管理人のひろゆき氏が
(お互いケンカ腰で)対談してたのを見ました。

テーマは、ネットの匿名性と、最近の若者の幸福論について、
という感じですかね。

【ニコニコ動画】勝間VSひろゆき watch/sm10641902
※やっぱり削除された。

動画はいつ削除されてもおかしくないので、
この対談内容をテキストに起こされた神がおられましたので、
そちらにもリンクさせてもらっときます。

『デキビジ 勝間和代 VS ひろゆき を文字におこしてみる』
http://d.hatena.ne.jp/wt5/20100503


どちらも正解がない議論だとは思うんだけど、
この対談に限っていえば、贔屓目なしで、ひろゆき氏に理がありますね。

勝間さんがどんな人かはよく知らないんですが、
言葉の端々で彼女がひろゆき氏に批判的なコメントをしていて、
それって、そのまま彼女自身のことなんじゃないの?
(いわゆるブーメラン)って思えたんですよね。

「私とひろゆきさんの価値観とかポリシーの違いがあって、
 それに対して何か議論をこう二人で戦わせようとすると、
 お互いに自分のフィールドに逃げてしまって、余計、例え話が始まる」

これは勝間さんのコメントなんだけど、
自分のフィールドに逃げようとしてるのは勝間さんの方だけで、
ひろゆき氏は、率直に勝間さんの言葉に反論してるだけなんですよね。

なんか、しどろもどろな感じだし。

そして、お互い自分のブログで謝罪っぽいコメントを書いてますね。
特に勝間さんのブログは、かなりフレーム状態だったようで。

まぁ、それはそれとして。


ネットの匿名性の話なんですが、
確かに、匿名性があるが故に、自分が誰であるかということを晒さずに
ネット上では好き勝手いうことができます。

特に2ちゃんねるは、名前を記入しなくても投稿できる掲示板なので、
これがネットというものだ!ということを、なお印象づけた感じ。

逆にいうと、この匿名性がなかったら
2ちゃんねるというコミュニティは、あそこまで盛り上がらなかったはず。

名前を書かなくて良いから、好き勝手書ける。

ということは、つまり、そこに書かれていることは、
少なくともその時点における投稿者の“本音”なんですよね。

或いは、ほぼ事実であるということ。

匿名でわざわざ嘘を書いてもしょうがないわけで。

その事実のなかには、
報道されているニュースの事実関係がどうであるかということから、
いわゆる誹謗中傷といわれている他者の悪口、陰口といった
その当事者が“実はそう思っている”というような事実もある。

だから、その本当のところを知りたい閲覧者も増えるし、
それらに対する率直な感想なんかも書き込まれたりする。

それは、ある人にとっては有益だし、ある人にとっては有害でもある。

ここで、匿名性を捨てて、投稿者に実名記入を義務付けたりしたら
コミュニティとしては全く別の性質のものになりますよね。

私個人的には、
実名必須のコミュニティより、匿名性のコミュニティの方が面白い
と、思ってます。

匿名性がある方が、日本人にもあってるでしょう。

例えば、SNSの普及。日本は mixi(匿名)は流行ってるけど、
facebook(実名)は、あまり普及してない。

社会性のある礼儀正しいコミュニティになるのも良いけど、
それは実社会が既にそうなんだから(最近そうでもないけど?)
ネットはネットで、その特性を大いに活用すれば良いと思う。

大事なのは、ネットの常識を実社会での常識に持ち込まないこと、
つまり、それぞれ別モノだという区別、使い分けができるかどうか、
ということだと思いますね。


あと、幸福論?

近頃の日本人は幸福を感じていない、幸福度が低いということで、
最近の若者も、どうもあまり幸せじゃないのではないか、
という問題提起ですかね。

でも、これははっきりいって余計なお世話でしょ。

別に、自分の幸福を他人に語って欲しくないというか、
オレが楽しいと思ってるんだからいいじゃん、てことです。

日本の若者があまり起業しないのは、社会が悪いとかいう話じゃなく、
起業して何が楽しいの?って人が多いからなんじゃないかな。

アメリカ人は、起業して何か大きなことをしてやろう、と思う、
そういうところに価値をみている人が多くて、
日本人は、とりあえず無難に安全に暮らしていければ良くて、
せいぜい結婚でもして子供でもできれば十分、という人が多いと。

それは、良い悪い、幸福、不幸という話とは、また別の話で
そのお国の風土というか、国民性が違うだけという気がします。

起業して成功すれば、それで得られる幸福感は大きいでしょうけど、
失敗するリスクの方が大きいから、なるべく避けるのが日本人。

だから、あまり突出した幸福を感じることもないし、
そもそも日本人は、ベースの生活水準が比較的高めなので、
そこからちょっとレベルダウンすると、すぐ不幸だと感じる。

飢餓や貧困に喘いだりしている国でやっと得て食べるおにぎりと、
日本で安穏と暮らしてる中で当たり前に食べるおにぎりとでは、
同じおにぎりでも、そこに感じる幸福度は違うだろうと、
そんなことを、爆問学問で太田さんあたりが言ってた気が。

特に、日本は島国で、他国のことをあまり気にしなくても良いし、
自分の国の中だけで思い込む傾向が強いと思うんですよね。

ヨーロッパとかだと、西と東とでは経済状態が違うし、
国内の安定感が隣国などと比べて良い悪いとかいえるんでしょうね。
と考えると、北欧の国民の幸福度がえらく高いのは、
実は、隣接する東欧の状態との比較の話だったりしてね。

とにかく、幸福度なんてのは、本人がどう思うか次第であって、
他人が決めたり押し付けたりするもんじゃないでしょう、と。

それにしても、日本人はネガティブなんですがね。私含め。

まぁ、それも悪いことばかりじゃないと思いますが。


景気なんてのも、実は精神病みたいなもので、
モノを買おうと思うか、思わないか、どちらが多数派になるか
って話なんですよね。

しかし、精神病というのは、なかなか治らないもので。

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コメント(2)

幸福の話は私もそう思いますよ。
日本人は幸福というものをあいまいで個人の価値観にのみ決まるものって漠然とした感覚でしか思ってないのかも。
逆に不幸ですか?と聞くと日本人は圧倒的に、いいえと 答える人であふれかえるんじゃないかな。

宗教によっては、神に朝祈る事ができれば、はっきりと
「幸福です」
って 言い切れるところも多いでしょうしね。
日本は世界から見れば、非常に特殊な無宗教国家。
世界の人に、日本人は幸福だと思いますか?
と言ったら、幸福だと思うって 思うんじゃないかなぁ

もしくは、信じる神がいないのは不幸なことだと思われてるかもしれませんね。幸福でも不幸でもないのが日本人なのかな。

ちょっと思ったのは、欲する何かがあったとして、仮にそれを手に入れることができたとしても人間って満たされないんですよね。幸福ということと、満足するということは、別物なんでしょうね。

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