日本が開戦に至った経緯も教えるべき

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多分、この手の話は夏場に盛り上がってくるものだと思うのだけど、その頃の私は何となくいろいろな理由で疲弊していることが予想されるので、まだ元気がある今のうちのこういうことを書いておこうかなと。

今年は太平洋戦争(第二次世界大戦)終戦から70年ということで、こういう5年単位の節目の年になると、メディアでは戦後の日本はああだこうだ、戦前、また戦争中の日本はこんなだったみたいな特集が組まれ、社会も戦争云々の話をことさら大き目に取り上げてキャンペーンが始まったりします。そして、その論調の多くは、「戦争を始めてしまった日本は愚かだった」「戦前、戦中の日本はアジア諸国に対してとても酷いことをしてきた」「もう二度とあのような戦争は繰り返してはならない」といったものでしょう。

確かに、戦争はすべきではないし、誰もしたいとは思っていないでしょう。だって、疲れるもんね。人もいっぱい死ぬし。お金はかかるし。ええことなしです。これはあまり知られてないことかもしれないけど、あの東京裁判でA級戦犯として裁かれ死刑になった戦時中の内閣総理大臣 東條英機でさえ、実は戦争したくない派だったといいます。それでも戦争をせざるを得ない状況になったのは何故か?そこのところって、メディアでも、また日本の歴史教育の中でもほとんど語られてないことだと思うんですよ。実際、私も学校でそんな話聞いた覚えないもんね。

まずここは理解しておく必要があるところなんだけど、日本は宣戦布告もなく不意打ちで真珠湾攻撃を加えて日米開戦になったという話ばかりが強調されるので、日本は何の脈絡もなくいきなり戦争を始めたと思われがちなんだけど、実際はそんなことはないんだよね。日本が戦争を始めた、そうせざるを得ない状況になった理由というのはあるわけです。

まず、戦争というのは(こういうと語弊があるかもしれないけど)外交手段のひとつです。話し合いによる外交では最終的に合意に至らず、お互いの主張が衝突したまま、もはや話し合いでそれを解決する手段がなくなり(つまり交渉の失敗の結果)、斯くなる上は力でその主張を押し通そうとするのが戦争なんです。いわば、外交の最終手段ですね。

これは好ましいものではないけど、そもそも国というのは、国家を立てている以上、その主義主張を他国に認めてもらう必要があります。我が国はこういう国であると。また、他国から主権を侵害された場合、或いは物理的な侵略をうけた場合は、それは国の存亡に関わるので防衛する必要もあります。それが"国が存在する"ということだと思います。戦前、開戦直前の日本も、他国との外交において当然そういう攻防があったわけです。決して何の脈絡もなく真珠湾攻撃を仕掛けたわけじゃないのです。

確かに、戦前の日本は朝鮮や中国を経て、東南アジア方面へ武力による侵攻を繰り返していた。これを当時の日本政府は大東亜共栄圏などと呼び、欧米列強により植民地化されていたアジア圏の解放という大義を訴えていたけど、その目指すところは、日本の経済権を東アジア、東南アジアまで拡大しようという意図があったでしょう。何しろ、日本列島だけでは資源があまりにも乏しく、自給自足も難しい中で経済を成長させることはさらに困難。そこで当時の日本政府が選択したのは、資源のある外に経済圏を広げることだったわけね。

ちなみに、他国(自国以外の地域、領土)を自国の支配下に置き、そこに自国の経済圏を構築するということは、何も日本だけがやっていたことじゃありません。そのご時世の西欧諸国や米国も当然のようにやってた。植民地ってやつですね。この植民地の政策でいえば、日本なんかより西欧諸国の方がずっと長きに渡りやっていたことであり、それを後から始めた日本だけがいまだにブーブーいわれているわけです。

まぁ、その理由も分からんではない。西欧諸国としては、戦前まで自国の植民地だった東アジア、東南アジア地域をことごとく日本に侵攻され、戦後それらの植民地は独立国として立ち上がってしまったわけだから、これは面白くない状況でしょう。

とにかく、アジア地域で侵攻を繰り返す当時の日本は枢軸国として名指しされ、いわゆるABCD包囲網に代表されるような経済制裁を受けるようになる。そうなると、なおさらアジア地域に広げた経済圏は維持しないと、国として立ち行かない状況になっていったでしょう。だから日本政府はなお強い姿勢で大東亜共栄圏を死守しようとした。仮に、その時点で日本が欧米の言う通りにしてアジア圏の領土を手放したとしたら、当時の日本に対する制裁は解かれたのでしょうかね。もしそうだったら、とりあえずアジア地域には欧米諸国の植民地が復活して、今頃は東南アジアに欧米諸国の国旗が立っていたかもしれません。

現実には日本はもう後へは退けないということで、基本的には東アジアに広げた経済圏は維持しつつ、東南アジア地域では欧米諸国に譲歩、といったような交渉が主に米国との間で繰り返された。ちなみに、当時の欧米諸国は、日本を始めとした枢軸国以外に、共産主義諸国も牽制するような政治や外交をする必要がありました。まぁ、ソ連ですね。そのソ連側としても、欧米(資本主義諸国)をどうにかしたいという思惑があったはずで、どちらかといえば、その東西のにらみ合いの中で日本を利用しようという動きは少なからずあったと思われる。これは予断ですがね。

どんな意図があったにせよ、当時の世界情勢の流れの中で、客観的に見て日本はどんどん追い込まれていた。その中でも決定的だったのは、1940年に始まった日本に対する石油の禁輸でしょう。当時は今ほど石油依存していなかったとはいえ、燃料や工業製品の材料として欠かせない石油が入ってこないとなれば、日本の経済は停滞どころか消滅する。経済活動できない国は、最早近代国家として死んだ状態といっても良い。当然、その国民にとっても死活問題です。日本としては、これだけは何としても回避する必要があったわけだけど、これを撤回させるような交渉はことごとく拒否されると。その日本に対する最後通牒といわれているのが、いわゆるハル・ノートというやつですね。

内容をざっくりいうと、日本は(当時、日本軍が進駐していた)東アジア、東南アジアから撤退すること、中国の(日本の支配を受けない)主権を認めること、米国に不都合な他国との盟約(三国同盟のこと)は破棄すること、これらができなければ経済制裁は解かないよっていう。

ん、別にそのくらいのめばいいじゃん?と思いますか。そうですね。今の日本の義務教育を受けた程度であれば、そんなに無理のある内容ではないように感じると思います。でもね。当時の日本は、そこに至るまでどんな経緯や理由があったにせよ、まず、朝鮮や台湾は日本領土、中国もほぼ日本が統治、東南アジアも日本の経済圏というところまで"成長"した国だったのよね。もうその前提で経済を取りまわしていたわけです(日本の支配を受けていた中国や東南アジア諸国にとっては災難かもしれないけど)。明治時代からそこに至るまで、日本は相当の年月とコストをかけてそこまで成長したわけですよ。それを全部ナシにすれば許す、なんていわれたら、普通の国(国民)ならキレるんじゃないですかね。

このへんは詳しい本がいっぱいあるし、ネットで調べても詳しい解説があったりするので、そのへんを読むのが良いと思うんだけど(偏らないように注意が必要ですが)、ここに至るまでの日米交渉も合わせて見ていくと、このハル・ノートの理不尽さも分かるんじゃないかと思うんですよね。

つまり、日本は経済圏拡大の野望を持って(嬉々として?)戦争を始めたわけではなく、崖っぷちで国の存亡をかけてやむを得ず戦争を始めた、というのが、現在の国内外の歴史家や学者たちの了解事項となってるようです。ハル・ノートが決定打とならなかったにしろ、あのまま経済制裁を受け続けていれば、日本は遠からず滅ぶか、そうでなければ打って出るかしかなかったんじゃないかな。

あとね。戦前に日本の支配を受けていた中国、朝鮮、及び東南アジア地域で、日本軍は相当に酷いことをした、残虐、残忍極まりない悪行をしでかした......なんて話も、主に中国、朝鮮、そして日本のメディアや、日本の教育の中でも実しやかに語られるわけですが、これらのほとんどは中国、朝鮮視点のフィクションであることが明らかになってきています。というより、日本がしでかしてきた極悪非道といわれる行為の証拠が、実は皆無であることがわかってきてるんですよね。

例えば、日本の歴史教科書にも書かれている(今はどうだろ?)南京大虐殺ですら、本当に30万人も殺されたのか、もっと少なかったのでは?という議論に始まり、今じゃそれがあったかどうかすら疑わしいといわれている。まず、当時の南京の人口はおよそ20万人だったそうです。一方、虐殺されたとされるのは30万人。簡単な算数ができる人ならおかしいと思うでしょう。実際、そういう写真を含め(南京大虐殺の様子される数々の写真は、実は日本軍とは関係ない中国人同士の事案ものであることがわかっている)証拠がひとつもないのよね。自称当事者といわれる人の証言以外に。

やはり、歴史教育というのは重要です。ただし、偏っちゃいかん。とにかく、客観的事実を伝えることが大事。どうも、それを教えるべき立場にいる日本の教職員の中には、事実だけでなく自分の思想を熱く語っちゃう人が少なくないようで、そんなことをされると、それを学ぶ子供たちは、そういうものなんだと思ってしまうじゃないですか。歴史教育は一方的であっては駄目で、算数とか理科とかと同じ並びで歴史についても教員の考え方が正解であるかのように教えてしまうのはマズイですよ。学校で正解として教えていいのは事実のみでしょう。そこから先、では悲惨な歴史を繰り返さないために今後どうあるべきかを考えていくのは、教員ではなく子供たち自身であるべきです。

実際、メディアでも学校などの教育現場でも、戦前の日本は軍国主義で、愚かにも大国アメリカと戦争を始め、国内外に多くの犠牲者を出した......というようなことばっかり語られるよね。実際、あの戦争はそれだけじゃないわけで、そういう結果だけを語るのではなく、日本が開戦に至った経緯も同時に語られるべきじゃないかと思うわけです。平和が一番、再び戦争を起こさない、起こしたくないというなら、なおのことね。

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