つぶやきの最近のブログ記事

さて、書こう。

結局、3月はブログ書かず終いでありました。まぁ、誰も毎月書くとはいってないし?

最近、テレビとか、新聞とか、ネットとか、今の世の中を描写する情報というものを眺めて思うんですが、みんな何が正しいと思っているのか、何をすべきだと思っているのか、世の中はどうあるのが良いと思っているのか、よくわからなくなってないですかと。

まあ、そんなものいくら考えてもわからないし、そんなこと(わからないこと)は最初からわかってるところでもあるんだけど、ある程度あるわけじゃないですか。社会の常識というか、モラルというか。

例えば、他人のモノを盗ってはいけない。人に迷惑をかけてはいけない。人を傷つけてはいけない。 そういう基礎があった上で、弱い立場の人や生活に困ってる人の保護を求めたり、格差是正を訴えたり、理不尽な差別を批判したりするものだと思うのだけど、何だかそもそもの基礎部分をすっ飛ばして保護や権利を主張する人が多い。要は、自分たちが「悪いこと」だと判断したことに対する行動は(その事柄に関係ない)人に迷惑をかけてでもやるべきだと考えてる人が多くなってる気がするんですよね。

今ちょっと、このブログをMT6か7にバージョンアップをしようか、WordPressに変えようか、自前の日記にしようか...などとあれこれ思案してたりするんですが、そんなことを考えながら昔のエントリを眺めてると、過去の自分のサヨクっぷりが半端ないなと改めて。

例えば、12年前のこのエントリ。

このときは日本が核を持つなどあり得ないという主張をしてますが、今の私は、もう国際社会における核廃絶は絶望的で、仮に主要国が核を放棄したとしても、テロリスト(相当の国家)などがそれを手放すことはない、或いは秘密裏に保持し続けることは必定なのだから、その抑止をする意味で主要国が核を維持し続けることは必要であるという認識。この際、日本の核武装もあり得る選択だと思ってます。

そして、次のこれはひどい。

この頃の私は平和憲法、いわゆる9条教の信者ですよ。「武力放棄という条文は、むしろ先進的」などという寝言をいってます。まあ人類には早過ぎるという意味で先進的といえなくもないけど、武力放棄したら武力を持ってる国が殴ってくる法則(マクロ社会における熱力学第2法則ともいうべき)が働く世界だということがもう分かってるので、いうまでもなく今の私はこの考えを捨ててます。

何というか、本人は左右という認識はなく無自覚だけど、70年代80年代の義務教育とマスコミに洗脳されて自動的に出来上がる典型的な日本人の大衆の一人がそこにおりました、という感じ。

思えばこのブログを始めた当初から、私が時事の情報ソースにしていたのは、TBSの「ニュース23」が中心でした。私は中学生の頃から何となく深夜版のニュース番組を見るようになったのだけど、私の地元(鳥取)では、民放が日テレ系、フジ系、TBS系の3局しかなく、日テレは「今日の出来事」フジは「ニュースコム」TBSは「ニュース23」というラインナップで、その中でも筑紫哲也がメインキャスターを務める「23」が私の中でヒット。以来、私はずっと「23」中心に時事を見るようになっていきました。

そもそも当時の私は政治への興味は薄く、左右という概念もなかった。高校を出るまでインターネットなどというものに触れることもなく、新聞やテレビ、特に「23」というのが私にとって時事ニュースソースの全てだった。そしてその政治思想は、筑紫哲也のそれに近いものになっていったと。

この傾向は大学生になっても続いたのだけど、90年代後半、インターネットの掲示板「2ちゃんねる」に触れる様になるあたりから、マスコミで報じられる情報の信頼性というものが揺らぎ始める。

そして、私が左から一気に右側に傾いたのは、民主党政権発足のタイミングでした。あのときのマスコミの異常なまでの麻生政権バッシングと、不自然なまでの民主党持ち上げ。当時、リーマンショックも重なって世界的に景気が冷え込みつつあったこともあり、それがなお麻生下げ、民主党上げの追い風となった。

私の中では、あのときの選挙公約(マニフェスト)を見て「こんな夢物語信じられるか」と最初から民主党への信用ゼロでした。自民党の"痛みを伴う"現実路線の公約の方が余程正直で信用できた。ただ、正直過ぎて国民の支持をつかむことができず、結果的に民主党に政権交代してしまうと。もうその後の政権の迷走っぷりは、説明するまでもありますまい。

同じ頃、中国、朝鮮といったあたりが日本に理不尽な外交を仕掛けていることも露見し、戦後日本の異常な自虐史観と、それを日本に植え付けてきたGHQや左翼勢力の存在もネットで知ることになり、基本的にマスコミは信用ならんという考え方に。

つまり、私が左から右に、というより真ん中に(左から見れば右に)思想転換できたのはネットのおかげ。もしネットがなかったら、今でもマスコミを信じてたでしょうね。南京事件も30万人虐殺されたと思い込んでただろうし、従軍慰安婦の強制連行もあったと思い込んでただろうし、沖縄の米軍基地などもとにかく酷い奴らだ出て行け!と思ってたでしょう。

なので、今そういう思想にある人たちの気持ちは割と理解できる。日教組の潜り込んでる学校で教育受けて、TBSやNHKでニュース番組を見て、さらに朝日や毎日などの新聞まで読んでたら...そりゃそうなりますわ。最近はニュース見なくても、バラエティとかで左界隈の論客を呼んで喋らせたり、某池上彰みたいなのが出て政治解説するような番組もあったりするので、テレビだけ見てても無意識に左へ寄っていくでしょう。

政治的な左、左翼というのは、本来は反権力、親弱者という立場で、自分の住む国を良くするという目的は、右翼、保守の愛国心由来の目的とも一致するもののはずなのだけど、日本における左翼はさにあらず、単なる"反日"、つまり日本という国を貶める目的を持った集団に成り下がってるんですよね。

ともあれ、ネットがあって良かった。今の若い世代は、生まれたときから身近にネットがある、いわゆるデジタルネイティブなので、私(くらいの世代)のような洗脳をされることも少なくなってるんでしょうね。

さて、書くか。2016年も終わりですしね(理由になってない)

普段Twitterではいろいろブツクサつぶやいてたりするんだけど、いざこうしてブログに何か書こうと思うと、どうにも面倒くさくなるもんだなと。実際、書かなくなったもんね。社会人になってからわりと長いこと日記とかブログとか暇に任せて書いてたのに、ある時点から一気に書かなくなった。なぜか。

はい、Twitterのせいです。

140字の短文投稿って、ホント使いやすい愚痴ツールであるなと。以前も同じようなこと書いたかもしれないけど(検索すれば多分出てくるけど)ブログって、それを書くとなると「よし書くぞ!」と作業に向かうというところから始めなきゃならないのよね。それが結構な覚悟がいることでして。まずその記事で何を言いたいのかというテーマを決め、初っ端つかんで盛り上げて転がしてオチを付けるというような構成を考え、それを具体的に文章にするということになる。ただ愚痴を言いたいだけなのにパワー使うのよね。で、その文章は最初は愚痴を書くつもりだったのに、出来上がってみると別の何かになってたりして。

その点Twitterは言いたいことだけサッと書いて終わりにできる。こんなものに手を付けたらそりゃブログなんて書かなくなりますよ。ただまぁ、ちょうど今は帰省中で暇なので、その暇に任せて久しぶりにゴチャゴチャ書いてみようかなと。

思い立って始めたブログ整備が、意外とハマり道。

目下の作業をメモっておくと

  • バージョンアップ(5.0.2→5.2.10)[完了]
  • スマホ対応[作業中]
  • RSSの調整[作業中]
  • TinyMCEが何か変なので修正[作業中]

バージョンアップは何とか上手くいった。多分。

MT6にしようかとも思ったのだけど、
6は上書きアップデートできない(推奨されない?)みたいなので、
ちょっとビビって同じ5系統の最新5.2にしました。

スマホやマルチデバイス対応は、そういうテーマを入れたら良いのだけど、
そうするとサイドバーやヘッダー、フッターが初期化されてしまい
最初から作り直しになるくさいので、これは一番後回しに。

RSSはAtomとRSS2.0、RSS1.0で配信できるようにしてみたのだけど、
discriptionが長過ぎ。本文が全部出てる。
こういうもんだっけ?とりあえずもうちょっと短縮できないか検討。

あと、MT5.2から導入されたエディタであるTinyMCEが、
中途半端にアイコンが表示されなかったり、何か機能が弱い感じ。
これは拡張版があるようなので、後でそれを入れる。

とりあえず、今日はもう寝る。

現在、3、4箇所くらいに散らばっていた私のブログを、
ここ1箇所に統合しようかと画策しております。

で、ひと通り統合できたら、
元のブログは一旦凍結して、今後はこちらを更新していこうかなと。

ただ、ドメインをまとめはしますが、
書いてる内容の性質やポリシーがそれぞれ異なってたりするので、
このサイト配下に、現時点で4つブログをつくってます。

  • life ... 日記、雑記が中心。
  • Library ... メインサイトの固定記事をブログに移行。
  • Techlib ... IT開発、技術系のメモ。
  • Gamelib ... ゲーム系のメモ。

何だよ、結局バラけたままかい?

まぁ、そうですが。でもこれはこれで意味あるかなと。
同じサイトにしたことで、記事の移動もし易いんですよ。

日記として書いたけど、これは技術系っぽいなーとか思ったら、
メンテ画面から、こっちのブログからあっちにブログへ記事移動!
なんてこともサクッとできたりして。

というか、何より、私の気分の問題。
バラバラに書いてたものが、今後は1箇所にまとまるというだけで
だいぶ精神衛生上良い感じなのですよ。

まだデザインがデフォルトのままなので格好良くしたいとか、
機能もデフォルトのままなのでプラグインとか入れてみたいとか、
あと、まだ固定HTML記事があるのでその移行もあったりとか、
いくらか作業は残ってますが、テストも兼ねて書いてみる。

ちなみに、ここはMovable Typeなんだけど、なぜMT5なのかは
気にしない方向で。(今の最新版はMT6)

いや、特に理由はないです。
元々このサーバにお試しインスコしてたのを流用してるってだけ。
アップグレードもいつでもできるみたいだし。しばらくMT5で。

あと、このブログへのコメントの際の認証ですが、
今までのブログはメールアドレスや画像認識だったりしてましたが、
ここはSNSのアカウントを必須としています。

Twitter、Google、Yahoo!Japan、はてな、mixi

あたりのアカウントを持ってれば、そこにログインしてコメントできます。
ホントはここにfbも含めたかったけど、いろいろワケがありまして
fbでのコメントはまだできないのです。(参考

正午を過ぎる頃、
それまで静かだったオフィス内は
昼食へ出かける人たちで慌しくなる。

外へ出ると、夏を思わせる快晴。

今日はひとりで
オフィスから少し遠い食堂へ出かけてみる。

天気の良い日は、歩くことがあまり苦にならない。
むしろ、それまで座り通しで仕事をしているので、
ちょっと歩きたいのである。

ガード下に並んでいる食堂の一軒に入り、
鉄火丼を注文。
水はセルフサービスなので、
水を汲んでから席に着く。

すると、その店のBGMに
何やら聞き覚えのある、
懐かしい曲のイントロが流れてきた。

シャ乱Qの『上京物語』だった。

レトロだな。USENだろうか。


私がこの曲をリアルタイムで聴いていたのは、
ちょうど大学受験のときだった。

まさに東京へ出ようとしていた頃。

当時はmp3はおろか、MDすらまだない時代で、
CDをカセットテープに録音して聴いていた。

東京へ受験に向かう私を、
駅まで車で送ってくれた母親が
わざわざホームまできて見送ってくれるのだが、
あのときの別れ際の物悲しい感覚が
今でも結構はっきりと思い出されるのである。

初めての一人立ち。

17年間家族の中で育った私が、
ついにその元を離れることになる。

当時の私にとって東京というのは、
友達も知り合いも誰もいない、
頼れる者もいない全くの異世界、
そんなイメージだった。

そんな漠然とした不安を何とか紛らわすために、
プレイヤーのボリュームを大きめに上げて、
汽車の中でその『上京物語』を聴いていた。

そのときの客車に漂っていたディーゼルの匂いと共に、
当時の不安と期待が入り混じったあの複雑な感覚が、
その曲を聴いていると想起されるのである。


鉄火丼を食べ終える頃には
店内には既に別の曲が流れていたのだが、
私の頭の中ではずっと『上京物語』が流れていた。

店を出て、再びオフィスへ向かう。

ゴウッと都会の雑踏に投げ込まれ、
過去の世界から一気に現実へ引き戻される。

考えてみれば、もうあれから15年になるのか。

あのときは、まさか私がこんな東京のど真ん中で
しかもフリーランスで仕事をしているなどとは思わなかった。
そんな度量も自分にはないと思っていた。

そして今の私も、
15年後の私のことなど、さっぱり予想できない。


ただ、予想ができないからこそ
人は夢が見られる。


※私の地元(鳥取)は列車が電化されておらず、いまだにそれを「汽車」と呼んでいる。

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